自分以外のものは自分のためにある

2019.02.21

もし、自分以外のものが何もない世界にいたら、と考えたことがあるでしょうか。

 

そうした場合、体重も分からない、身長も分からない、自分が太っているのか、痩せているのか。

 

自分以外のものが何もないのですから、比較するものが何もありません。

 

なので、自分の存在を決めるものがない、という事ですし、またそうする必要もない。

 

いや~~、何ともつまらない世界に成ってしまいます。

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私たちは、日々の生活で、対人関係や、世間で起こる事などで、一喜一憂することもありますし、ストレスを受ける事もありますし、嫌な思いをすることも多いです。

 

でも、そうした自分以外の事柄がないと、自分の存在意義はありません。

 

何か哲学的な話になってきてしまいますが、たまにはこんなことを考えるのも良いかと思います。

 

現代社会では、日々の生活で確かにストレスや嫌な思いをする事も多いですが、それだけではないという視点も持った方が良い、という考えですね。

 

これは良い例えかどうかは分かりませんが、日本にいる限りは、殆どの場合、飢える事はありません。

 

それがアフリカや東南アジアの最貧地域に行くと、飢える事の方が一般的、という地域もあります。

 

他の対象をさがすと、自分は恵まれている、と思える事もある訳です。

 

なので、もっともっと情報収集はしなくてはいけませんし、世の中は広い、自分がしなければいけない事はまだまだある、自分は必要とされている存在だ、と思える事があるように思えてきます。

 

それと、他の対象者がいないと自分の存在価値がないという事は、自分一人では生きる事は出来ない。

 

自然に生かされている、他の人とに交流があって初めて人間らしい営みが出来る、ということが理解できてくるのだと思います。

 

昨今は、極端なグローバル化により、極端な個人主義が横行し、排他的な考えを持つ人が増えてきている感じがします。

 

虐待や、暴行。

 

詐欺や、煽り運転などは、その象徴だと思います。

 

自分一人では生きていけないという事実を見るならば、個人主義なんて勝手なことはいけない事、だと理解できることだと思います。

 

この様に考えて行くと、自分以外の物事は、自分にストレスや苦痛を与えるものではなく、自分にとって大切なものである、と考える事が出来ますよね。

 

屁理屈かもしれませんが、私たち人間が、一人では生きていけない、自然に生かされている、という事実を考察してみると、まんざら屁理屈ではない、とも言えると思うのです。