生かされている、という意識

2019.06.06

私たちは、ともすれば「自分の力で生きている」、「他人の力なんていらない」、と思いがちです。

 

特に、事業で成功したり、何かで良い成果が出ている人に、これはありがちです。

 

何を隠そう、私が若い時こうでした。

 

恥をさらすようで言いたくないのですが、当時の話をすると、バウル景気という事もあり、事業が上手く行き、会社の業績が良かったのが、その要因です。

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やはりと言うか、当然というか、そんな調子ですから、天からしっぺ返しを受ける事になります。

 

ここのコラムで散々書いている事ですが、最近、自分よがりの人が増えている気がしているので、あえて今回はこんな話をしてます。

 

グローバル化の影響につての話を時々するのですが、なぜその話をしつこいくらいするのかと言うと、グローバル企業と言うのは、会社の業績を短期的に伸ばそうするので、その話をするのですね。

 

業績を短期的に伸ばそうすると、どうしても無理が来ます。

 

大企業と言うのは、資本がありますので、長期的なスパンで企業経営するという責務があると思うのです。

 

日本に長寿企業が多いのも、これが要因ですが、それを短期的な利益を得る方向に経営してしまうと、研究開発という分野への投資がしずらくなります。

 

なので、そういう研究をしている機関や企業を買収する、ということをドンドンする訳です。

 

小さい会社はいつ売られかもしれない、買収する側の会社は、そういう細かい事は金を払って買えばいい、という短絡的な組織になり易いと思います。

 

この様な環境下では、中々人は育たないでしょうし、ヘッドハンティングやリストラが多い組織になると思います。

 

実際に、現代の上場企業はそういう動きが多いと思います。

 

またまた話がかなり逸れている感は否めないですが(笑)、そんな環境にいたのでは、人は生かされている、なんて思う時間もないでしょうね。

 

忙しくするのは悪い事ではありませんが、そういう事を考える時間がないから、自分中心になりますし、利己的になってしまうのだと思います。

 

自分がいるのは親がいてこそ、という極当たり前の事さえ忘れてしまう、そんな忙しい世の中に成っている様な気がします。

 

しかも、時間が年を取りますし、いつかは死ぬときが来ます。

 

自分の力で生きているなら、死ぬ時期を調整できるはずですが、何時かは確実に死ぬわけです。

 

個人主義、利己主義で考えていると、そういう事さえ忘れてしまうようですから、本当に気を付けたいところです。